あの名選手を迎えて・・・野球教室が開催されました


1月13日(土)日光川ウォーターパーク野球場にて蟹江町スポーツ少年団野球連盟主催の野球教室が行われた。
講師には中日ドラゴンズOB鈴木孝政氏、藤波行雄氏、小松辰雄氏、川又米利氏をお迎えし、蟹江町の5チームと稲沢市の1チーム、一般参加の小学生、合わせて約200名の野球少年たちが参加した。


開会式では河瀬会長の挨拶の後、講師の皆さんから子供たちへ野球に対する熱いメッセージをいただいた。
その後4ケ所に別れ、捕球の仕方やバッティング、投球フォーム、ボールの握り方等、元プロ野球選手の丁寧な指導を子供たちは真剣なまなざしで受けていた。
最後に各チームごとに記念撮影をして、あっという間に予定の2時間が過ぎた。









▼藤波行雄講師 1973年ドラフト1位指名で中日ドラゴンズ入り。1974年、90試合出場・114打数33安打・1ホームランで新人ながら好成績を挙げてチーム20年ぶり2度目のセントラル・リーグ優勝に貢献。新人王受賞。1987年限りで引退。現役引退後は東海テレビ放送、東海ラジオ放送、三重テレビ放送、JSPORTSの野球解説者。現在はラジオ解説をメインとしており、2005年からはNPB12球団ジュニアトーナメントの、中日ドラゴンズ ジュニアチームのコーチを担当。

▼川又米利講師 1979年中日に入団。1985年から1987年には右翼手のレギュラーを務めた。美しいバッティングフォームに定評があった。代打本塁打16本のセ・リーグ記録を持つ。ナゴヤドームが完成した1997年に引退。引退後東海ラジオ放送と中京テレビの解説を務めた後、2002年から2004年に中日のコーチを務め、2005年から再び東海ラジオ放送、中京テレビ、中日スポーツの野球解説者。マスターズリーグ名古屋80D'sersの選手としても活躍している。

▼小松辰雄講師 1978年 ドラフト2位で中日に入団。入団当初からその速球には注目が集まり、150km台を連発。丁度スピードガンが普及し始めた頃で「スピードガンの申し子」といわれた。何故これだけ早い球が投げれるのか、と当時科学的に調査が行われると、ずば抜けた背筋力という結論だった。入団当初はその速球を生かしてリリーフ、先発転向後もそのスタイルを崩すことなく成績を残した。1994年現役引退後、1995年~1997年まで中日投手コーチを務めた。現在、CBC解説者、中日スポーツ評論家。

▼鈴木孝政講師 1972年にドラフト1位で中日ドラゴンズに入団。150km台の伸びのある快速球を武器にロングリリーフもこなす救援投手として活躍。2年目の1974年には35試合に登板し、リーグ優勝に貢献。1975年に最多セーブ、1976年に最優秀防御率とこの年に創設された最優秀救援投手を獲得。1977年にはリリーフ投手でありながら自己最高の18勝を挙げ、最優秀救援投手のタイトルを獲得した。1989年現役引退後、解説者と中日コーチを歴任。現在、東海テレビ野球解説者、中日スポーツ評論家。

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